安全文化

Safety Culture

 安全文化という考え方には長い歴史があるが,特にチェルノブイリ事故の調査団による「安全性の問題がすべてに優先するという価値観や行動様式が組織の構成員により共有されている状態」という定義が広く受け入れられている。安全文化は組織文化の一部を形成するが,既存研究では組織文化と組織風土は混同されてきた経緯がある。あえて違いを明確にすると,組織風土とは,ある一定時期における組織メンバーの集積された態度・信念・認識などを指し,表層的で目に見え易く社会心理学的に量的研究がなされてきたが,組織文化は,組織メンバーの深層で共有されていて,安定し多面的かつ全体論的な構成概念であり,人類学的に質的研究がなされてきた。組織文化を三重丸のように表した層状モデルによれば,最も深層にある世界観などの基本的認識,中間層の価値観や行動規範,表層の明示的な態度や行動という構造になる。

 Reasonは,報告する文化(Reporting Culture)・公正な文化(Just Culture)・柔軟な文化(Flexible Culture)・学習する文化(Learning Culture)を安全文化の4つの要素として挙げており,Deckerは,失敗を隠さずに報告し,起こったことから最大限の学習をして安全性を高め,社会への説明責任を果たし続けることとが公正な文化であるとした。柔軟な文化は,危機など臨機の対応が求められた際に組織がフラット化するなどして対応することである。

 一方,原子力空母,航空管制システムなど,高リスクな業務でありながら高業績を上げている組織は高信頼性組織(High Reliability Organizations)と呼ばれ,失敗からの学習,予測の非単純化,現場状況への敏感さ,復旧能力の向上,専門性の尊重が特徴とされている。医療分野でも,教育病院において,M&M(病因死因,Morbidity and Mortality)検討会の伝統があり,失敗も含め多角的に医療の結果が検討されてきた。こうした検討の本質は,軍隊において作戦後の状況確認を意味するデブリーフィングにあり,手術後やチーム活動後の振り返りを指し,昨今では構造化されている。21世紀医療は,施すだけではなく,医療の結果について省察することが求められている。

 オーストラリア州政府は,率直な開示を意味するオープンディスクロージャーの制度を開始しており,医療事故をはじめ医療の不幸な結果に対し,事故発生を率直に認め,事故の客観的検証を行い,説明責任を果たすと共に,システム再構築と加害者の保護を行うプロセスを標準化している。

【関連用語】

組織文化,高信頼性組織,報告する文化(Reporting Culture),公正な文化(Just Culture),柔軟な文化(Flexible Culture),学習する文化(Learning Culture),M&M検討会,デブリーフィング, オープンディスクロージャー