Reporting/Learning System
医療を提供し患者の健康に害を及ぼした場合は,(患者)有害事象と呼ばれる。医療事故によって重大な有害事象が生じた場合は,その原因を分析し再発防止を図ることが試みられてきた。このように,結果が悪かった事例や悪い結果を生じる可能性があった事例に学ぶことは,医療事故の発生予防や再発防止のために重要である。この(患者)有害事象を記述する際には,統一的な取り扱いはないが,患者に生じた影響の程度によって様々な名称が使い分けられている。例えば,患者に生じた影響が大きい事例はアクシデント,小さい場合はインシデント,ニアミスやヒヤリ・ハットと使い分ける場合や,(患者)有害事象の包括的な名称としてインシデントが使用される場合などがある。また,これらのうち,重大事故の発生予防や再発防止にとって有用な事例は,警鐘事例と呼ばれている。多くの医療機関では,(患者)有害事象を報告する際に,影響度よる分類(患者影響度分類)が用いられている。例えば,レベル0(エラーや医薬品・医療機器の不具合がみられたが,患者には実施されなかった)からレベル5(死亡)まで5段階に整理された分類が用いられている。我が国では,平成19年の医療法改正において,病院等の管理者に対し,医療安全を確保するための措置が義務付けられ,医療機関内において医療事故報告等の方策を講ずることとされた。そこで,施設レベルでの医療安全の確保のために,多くの医療機関において(患者)有害事象の報告が行われている。また,同様の仕組みは全国レベルでも実施されている。2004年に医療法施行規則に基づき,厚生労働省が(公財)日本医療機能評価機構(以下,評価機構)を登録分析機関に指定して医療事故やヒヤリ・ハットの報告,分析,改善策の全国的な周知等を行う医療事故情報収集等事業が開始された。同制度は開始後10年以上を経て,1,400余の施設の参加,医療事故の報告件数の増加など多くの成果を挙げている。類似の制度として評価機構では,日本薬剤師会等の要請を受けて,2009年から薬局で発生,または発見したヒヤリ・ハット事例を収集する,薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業も運営している。このほかに医薬品に関しては,医薬品医療機器法に基づく副作用等の報告制度として,(独)医薬品医療機器総合機構(PMDA)が医薬品安全性情報報告制度を運営している。PMDAは情報の整理又は調査を行い,その結果を厚生労働大臣に通知している。またPMDAでは,医薬品等を適正に使用したにもかかわらず発生した副作用による健康被害を受けた人の迅速な救済を図ることを目的とした医薬品副作用被害救済制度を1980年から運営している。給付請求のための申請が行われる過程は,給付というインセンティブを有する報告制度としての性質を有する。評価機構では,産科医不足等の背景から与党の主導により創設されることとなった産科医療報告制度を設計,創設し,2010年から運営している。同制度は,重症脳性麻痺を対象として無過失補償,原因分析および再発防止を行う制度である。補償申請のために重症脳性麻痺児に関する情報が提出されることから,その過程は補償というインセンティブを有する報告制度の性質を有している。(患者)有害事象の中でも,特に死亡事例については,(社)内科学会や(一社)日本医療安全調査機構(以下,調査機構)を運営組織として,2005年から診療行為に関連した死亡の調査・分析モデル事業が運営されてきた。この実績を参考にして,2015年には医療法に基づく医療事故調査制度が開始された。厚生労働省は同制度において,医療事故調査や医療事故調査の支援を行う,法に定める民間の組織である医療事故調査・支援センターとして,調査機構を指定した。そこで現在では,調査機構に対し,医療機関から法に基づく医療事故報告が行われている。